■手作り体験コーナー
平安時代の年中行事にちなんだ小物を作って持ち帰ることができます
 薬玉(くすだま)、七夕(たなばた)のかざり、茱萸嚢(しゅゆのう)づくり、卯槌(うづち)、上巳(じょうし)の人形など季節に応じた小物を作れます。
※作成キット代 100〜1000円


◆卯槌(うづち)づくり◆平成14年11月1日〜3月30日(参加費600円)


 卯槌(うづち)は
桃の木と五色の紐でつくったお守りのことです。四角柱状に成形した桃の木の中心部に五色の組糸10筋を通してつくったもので、室内の柱にかけたり、腰につけたりすることで、災いを避けることができると考えられていました。
 桃の木は、古来から邪をはらう不思議な力があると考えられてきた樹木ですので、卯槌の材料にも使用されたのだと思われます。
 正月の最初の「卯の日」に、宮中に献上されたり贈り物にしたりされたもので、清少納言の書いた『枕草子』などの王朝文学から、平安時代の貴族たちの間でも盛んにおこなわれていたようすがうかがわれます。
 また卯槌と同様に用いられたものに、卯杖があります。これは柊(ひいらぎ)・棗(なつめ)・桃・椿(つばき)・梅(うめ)などを材料にしてつくった長さ5尺3寸(約160p)ほどの木の棒で、室内の壁などに面して置かれたようです。
 このような卯槌や卯杖(うづえ)は、中国古代の魔よけの風習が源流となり、我が国でも日本風に変化して年中行事として定着していったもののようです。
 ここでつくっていただく卯槌も、本物の桃の木を材料にしためずらしいものです。桃の木から成形したての頃には、そっと鼻を近づけてみるとほのかに甘い香りがしていました。
 なお卯槌の大きさは、もも桃の木が長さ三寸(約9p)、広さ1寸ほど、紐が五尺(約1.5メートル)ほどであったようですが、この卯槌は少しサイズを小さめにしています。
 完成した卯槌は、家の中の柱などにかけて飾ってみてください。





七夕のかざりづくり◆平成14年7月2日〜8月31日(参加費200円)



七夕は
年に1度、七月七日の夕方に牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の2つの星が、天の川を渡って会うという中国の説話にもとづくものです。七夕という言葉は、七月七日の夕方を意味します。また、「たなばた」という読み方は、機を織る機械である「棚機(たなばた)」の読みをあてています。なお、棚機は織女が機織りに巧みであったことに由来するものです。
平安時代の七夕は、糸に針を通し、供え物をして裁縫の上達を祈る「乞功奠(きっこうでん)」の儀式として行われていました。現在の七夕飾りの源流は、この「乞功奠」の飾りに求めることができます。
 さて、ここで作っていただく梶(かじ)の葉の飾りは、公家文化を現在に伝えている京都の冷泉家(れいぜいけ)で行われる七夕の飾りを参考にして、いつきのみや歴史体験館が創作したものです。
 梶の葉がなぜ七夕で使用されるのかということについてはよく分かりません。梶の葉が星に似ていることに由来するという説や、梶の木から布が織られていたことを棚機・織女に結びつけたとする説などがあります。
 梶の葉に願い事を書くことは、平安時代からありました。11世紀末に成立した勅撰和歌集(しょくせんわかしゅう)の1つ、『後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)』には次のような歌があります。
「あまのがはとわたるふねのかぢのはに おもふことをかきつくるかな」上総乳母(かずさのうば)
【現代訳:天の川の瀬戸を渡る船の梶、それと同音の(乞功奠に供える)梶の葉に、自分の思うことを書きつけるのです。】
 このように梶の葉に願い事、特に恋の願いを書き込むことが多かったようです。願い事以外でも、和歌を書き込むこともありました。
 さあ、みなさんも是非、梶の葉に願い事を書いてみてください!!

◆茱萸嚢(しゅゆのう)づくり◆平成14年9月1日〜10月31日(参加費1,000円)


茱萸嚢(しゅゆのう)
 9月9日は、「重陽の節供」です。別名、「菊の節供」ともいいます。この日、平安時代の宮廷(きゅうてい)では「菊花の宴(えん)」を催し、菊酒(きくざけ)を飲み長寿健康を願いました。
 今回、みなさんに作っていただく茱萸嚢は、この「重陽」ではかかせないものでした。茱萸嚢とは、呉茱萸(ごしゅゆ)の実を緋(ひ)色の袋に納めたものです。呉茱萸は、古代中国から伝わったミカン科の落葉小高木(らくようしょうこうぼく)で、その果実は薬用に使われました。
 茱萸嚢は、中国の故事(こじ)にもとづくもので、災厄(さいやく)を除くものとされ、菊花の宴でも、御帳台(みちょうだい【小部屋、プライベートルーム】の柱にかけられました。
 みなさんも「茱萸嚢」をお部屋に飾って、無病息災を願ってみてはいかがでしょうか。
いつきのみや歴史体験館