「索餅づくり」

 
  「七夕」
 七月七日の夜、空を眺めると曇りや雨だったという記憶はありませんか?なぜ、梅雨の真っ最中に星空を眺める行事があったのでしょうか?
 年中行事は、明治の始めに太陽暦が採用されるまでは、旧暦で行われていました。従って現在とはおおよそ一ヶ月遅れで行事が行なわれていたわけで、七夕は八月上旬にあたっていたのです。この頃になれば天気は比較的安定していますので、壮大な夏の大三角形、そして天の川も眺められるというわけです。
 ところで、この「七夕まつり」は、星に願い事をする日となっていますが、平安時代は今とは少し異なっていたようです。七夕は本来、「乞巧奠(きこうでん)」と称され、その文字からも推測できるように、「巧」を乞う奠(神仏に祈る)、つまり技術の上達を願うもので、主に裁縫が上手になるように祈る行事だったようです。
 京都の冷泉家では、平安時代の乞巧奠に行事を今に伝え、貴族の七夕の様子をうかがい知ることができます。そこでも星に供える品々は季節の果物や野菜のはか、琴や琵琶、そして五色の布や糸といった技芸に関係するもので、当時の人々の七夕に対する思いを知ることができます。
 さて、この古代の七夕“乞巧奠”では現在ではなくなってしまった行事がありました。それは、「索餅(さくへい)」を食べることです。索餅は米粉と小麦粉を主原料として作る麺で、現在の“手延べ素麺”のようなものです。当時の人々は、七月七日にこの索餅を食べ、病気にならならいように願ったとのことです。さて、お味のほどは・・・
※今年は8月22日が旧暦の七夕(七月七日)にあたります。

いつきのみや歴史体験館
TEL(0596)52−3890
FAX(0596)52−7089
年中行事
七夕
「索餅(さくへい)づくり」
◆日にち/平成16年8月21日(土)
午後1時〜(約2時間)

◆定員/30名
◆参加費/500円

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